2013年
100Gb/sデジタルコヒーレント通信用
フルバンド波長可変レーザー開発 (住友電工)
~個別半導体・他~



1990年代半ばから急速に普及した波長分割多重(WDM:Wavelength Division Multiplexing)伝送システムでは、1素子で1.55μm帯の広い波長域(~40 nm)をカバーするフルバンド波長可変レーザーが待望され、開発が世界的に活発化した。さらに、2000年代半ば以降、100 Gb/sデジタルコヒーレント通信の本格導入に向け、多値の位相変調に対応できる狭線幅特性と大きな光出力の重要性が一段と高まった。

 フルバンド波長可変レーザーには多くの種類があり、代表例を図1に示した。モノリシック集積構造と外部共振器構造に大別され、前者は、DFB(Distributed Feedback)アレー型、DBR(Distributed Bragg Reflector)型やDR(Distributed Reflector)型、後者は、波長可変ミラー型や波長可変フィルター型に分類することができ、それぞれにおいて、さらに派生して種々の特徴ある技術が開発された[1]。それぞれに一長一短があるが、外部共振器構造が狭線幅の観点で優位な一方、モノリシック集積構造は、小型化および他の素子との集積という点で優れている。

 以上のような背景のもと、2007年に住友電工はCSG-DR(Chirped-Sampled-Grating Distributed Reflector)という独自構造のフルバンド波長可変レーザーを報告した[2]。図2のように、アクティブなSG-DFB領域とパッシブなCSG-DBR領域が接続されたDR構造となっており、出射部にはSOA(Semiconductor Optical Amplifier)も集積されている。SG-DFB領域で用いられるSG構造では、活性層を伝搬する光に対して反射機能を有する回折格子が空間的に等間隔に形成され、図3に示すような周期的な利得スペクトルが発生する。一方、CSG-DBR領域で用いられるCSG構造では、配置される回折格子の間隔がわずかに変化(チャープ)されており、各反射光の干渉効果によって、反射スペクトル中に緩やかな包絡線形状を持つ周期的な反射スペクトルが現れ、CSG-DBR領域に集積されたヒーターに投入する電力によって、制御することができる。反射スペクトル中の個々のピーク波長は3つのヒーターの平均電力に比例して変化し、包絡線形状の緩やかなピーク波長は、3つのヒーターに投入する電力の勾配によって変化する。波長可変動作においては、利得スペクトルのピーク波長間隔と反射スペクトルのピーク波長間隔を、回折格子間隔の調整で僅かにずらすことにより、バーニア効果を用いて実現する。すなわち、利得スペクトルのピーク波長と反射スペクトルのピーク波長が一致したピークのみが発振モードとして選択され、その波長は、3つのヒーターへの平均投入電力で可変できる。しかしながら、バーニア効果による発振モード選択原理のみでは、利得スペクトルと反射スペクトルの差周期で決まる波長間隔で両ピークが一致する複数のモードが現われ、安定な単一モード動作を妨げる要因となる。そこで、ヒーターの平均電力を調整して所望のピークを選択すると同時に、ヒーター間の温度勾配を調整することにより、包絡線形状の緩やかな反射ピーク位置を所望の波長付近に調整して、所望の波長のみでの発振を実現する。さらに、素子全体の温度を調整することで、SG-DFBの各利得ピークとCSG-DBRの各反射ピークの両方が同時に動くため、選択した発振モードの波長を連続的に可変できる。
図4にはCSG-DR-LDのチップ上面写真を示した。長距離通信用半導体レーザーの材料として一般的に用いられているInP基板上に、InPおよびInGaAsPからなる混晶材料を用いてレーザー構造は作製されている。レーザー光が伝搬する活性層については、アクティブなSOA領域およびSG-DFB領域とパッシブなCSG-DBR領域では異なる組成の材料が用いられ、バットジョイント成長と呼ばれる結晶成長技術を用いて、両者が接続されているのが特徴である。

このレーザーは高光出力と狭線幅の観点で、以下の特長を有する。

(1)バーニア制御には集積ヒーターによる熱光学効果を用いることにより、電流注入によるプラズマ効果を用いる方式で生じる自然放出光雑音が抑制され、狭線幅(低位相雑音)を実現。

(2)DR構造(DFB+DBR)の採用による高出力特性が実現可能であり、DFBとDBRの間の位相調整も不要。

本構造に基づいて、改良が加えられ、2013年には光ファイバー出力で+16 dBmを上回る高出力特性と200 kHzを下回る狭線幅特性を両立し、100 Gb/sデジタルコヒーレント通信用のモノリシック集積型光源として製品採用されるに至っている[3]。また、狭線幅動作に向けて、熱制御方式の検討を活発にさせる流れを作った。

図1 代表的なフルバンド波長可変レーザーの構造
図2 CSG-DRレーザーの断面構造模式図)
図3 発振スペクトル(計算例)
図4 CSG-DR-LDのチップ写真
(提供:住友電工)

【参考文献】
[1] Jens Buus, “Tunable Lasers in Optical Networks”, J. Lightwave Technol., vol. 24, No. 1, 2006.
[2] T. Ishikawa, T. Machida, H. Tanaka, Y. Oka, H. Shoji, T. Fujii and S. Ogita, “A novel high output power full-band wavelength tunable laser with monolithically integrated single stripe structure”, European Conference on Optical Communication (ECOC2007), no. PD2.4, 2007.
[3] 石川 務、田中 宏和、柴田 雅央、田嶋 未来雄、岡 良喜、金子 俊光、”デジタルコヒーレント通信用狭線幅フルバンド波長可変レーザ”、SEIテクニカルレビュー、第183号(2013年7月)

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rev.001 2016/3/25