HEMT発想の巧妙
衛星放送受信用コンバーターに用いられているHEMT
江崎玲於奈氏が提唱した「超格子」を世界で初めて実用化に結びつけたデバイスが高電子移動度トランジスタ(HEMT)である。富士通研究所の主管研究員だった三村高志氏(現フェロー)が1979年に開発した。
三村氏の非凡なところは、数十層から100層近く積み重ねた超格子構造からたった1組だけを取り出し、これをトランジスタに仕立てたことだ。2階建て構造のうち、2階にあたる電子発生層の役目を果たすのがアルミ・ガリウム・ヒ素層、1階にあって電子走行層の役目を果たすのが不純物の少ないガリウム・ヒ素層である。2階から1階に電子が下りてくるのは電子親和力の大きさ違いによるものもので、いったん1階に下りた電子はあたかもハイウエイを突っ走る車のように超高速で移動する。結果として、動作速度が向上し、高い周波数の電波の受信や増幅が可能になる。今日、衛星放送受信用アンテナのコンバーターや、GPS利用のカーナビや携帯電話の不可欠の部品になっているのは周知の通りである。
三村氏は開発当時、まだ30歳代半ばの精気溢れる少壮研究者だったが、私のインタビューに「要は親の束縛から子供の電子を解放し、本来の能力を発揮させようということです」とユーモアをこめて説明を加えたのが、今も妙に印象に残っている。
写真は衛星放送受信用コンバーターに用いられているHEMT。