ノーベル賞受賞第1報
写真A IBMワトソン研究所時代の江崎玲於奈氏
写真B IBMワトソン研究所
幸運の女神は予期しないところにやって来るものらしい。
米IBMワトソン研究所フェローとして研究生活を送っていた江崎玲於奈氏にノーベル物理学賞受賞の吉報が届いたのも、その例外ではない。
江崎氏から聞いた話では、第1報は1973年10月23日の朝7時45分、ニューヨークのラジオ局の記者からだった。家族に促されて眠気まなこで受話器を取ったところ、相手がノーベル賞受賞決定を伝え、受賞者としてのコメントを求めてきた。だが、氏にしてみれば、まだ正式な通知はいっさい受けていない。何の通知も受けていない以上、そんな話に応ずるわけにはいかない、と受話器を置こうとした。
すると、突然電話のそばにあるラジオが朝8時のニュースで2人の米国人と1人の英国人が「固体内におけるトンネル効果の研究」で受賞者に選ばれたことを伝え、「IBMのドクター・レオ・エサキ」と自分の名前を読み上げた。自分は米国人ではないが、IBMの研究所に自分以外のドクター・エサキはいない。ようやく我に返って、相手の記者の問いかけに、こう答えた。
「何とも言葉のいいようがありません(I am tremendously overwhelmed by your news.)」
写真AはIBMワトソン研究所時代の江崎玲於奈氏。後述するが、受賞直後に志村が同研究所を訪ねて撮影した。氏が「自分のもっとも好きな写真」として、パネルに拡大したものを自室に飾っている。
写真Bはニューヨーク州ヨークタウンにあるIBMワトソン研究所の前景。